ふくるーのプロフィール

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はじめまして、ふくるーと申します!
プロフィールをご覧いただきありがとうございます。

ピアノの情報発信をしている者です。

具体的には、

  1. オンラインレッスンの開催
  2. 弾いてみた動画の投稿
  3. ピアノ初心者向けの解説コンテンツ作成
  4. 楽譜制作(制作チーム運営)

などをしています。

ネットピアニストのまらしぃさんがキッカケでピアノを始め、
今ではまらしぃさんの曲もコピーできるようになりました。

 

かけたお金については、
高校で5万円のKORGの電子ピアノを買い、
大学で30万円のKAWAIの電子ピアノを買いました。

教材となるような情報はネットで仕入れたり、
音楽バーで仲良くなったピアニストの方方々から仕入れました。

なんで、お金と時間の量で言えば、
ほかの人とそこまで変わらないと思います。

 

ただ、。

この10年ピアノをやってきたことで、
僕の人生は大きく変わったと思います。

 

具体的には、

  • NHKコンクールで自分の演奏が全国ラジオ放送された
  • ココナラやブログを通じて出会った人にピアノレッスンをした
  • ピアノ初心者向けに楽譜制作、並びに楽譜制作チームを指揮(アレンジの添削)
  • 憧れていたAnimenzさんやまらしぃさんの曲を簡単にコピーできるようになった
  • 音楽バーを経営するマスターご家族と青森旅行にいき、美味しいものを食べたりねぶた祭りを見たり

 

といった感じで、ピアノが弾けたことで自分の知らない新しい世界が開けてきました。

今ではピアノを通じて音楽関係の色々な方とお付き合いしたり、自分もさらなる技術向上のため知識を入れたりしています。

ピアノをやっていて、ほんとうに毎日が楽しいです。

 

とはいえ、僕がピアノを始める前は、何の趣味もないただの地味な人間でした。
かつ、自慢じゃないですけど、いじめられっ子の不登校でした。

せっかくなので今回は、僕がどういった人物であるか、どういった人生を歩んできたかということを話そうと思います。

小学生の頃:地味な自分と不登校、自己否定

 

僕は小学校の頃はかなり地味なやつでした。授業中はほぼ発言をせず、休み時間は友だちと遊ばず、机に突っ伏して寝ていました。

 

小学生の男子といえば、ほとんど校庭に遊びに行って楽しく遊びますよね。本当は僕も一緒に遊びたかったのですが、僕はチームでやる遊びが苦手。

サッカーとかバスケでミスったときに、責められるのが怖くていけませんでした。まあ端的に言って、周りに溶け込めていないコミュ障で、根暗でした。

 

そんな友達の少ない僕でしたが、ある休みの日、クラスの男子と遊びに行きました。その子と遊んだのは初めてで、近所の市民プールに行きました。

 

プールでは水中鬼ごっこをして、追いかけたり追いかけられたりして、ワイワイ遊びました。普段誘われることなんてないので、根暗な僕としては嬉しかったのを覚えています。

遊び疲れてプールから出たら、軽食コーナーみたいなところで温かいそばを注文しました。

小学生なのに七味唐辛子を大量投入して、2人で辛い辛い言いながら、笑って食べていましたw とても楽しかったので、今でもよく覚えています。

 

そして、ここから数ヶ月後くらい。その子に、いじめられる日々が始まります。

 

なぜ急に?原因はおそらく、僕の根暗な性格。もちろん、その子に危害を加えたことはありません。

 

ただ、根暗で、コミュ障で、不器用で、話もつまらん。見てて、”ムカつくタイプ”だったんでしょうね。

そのくせして、僕は体育の時間だけは目立つやつでした。

 

小4の頃に体操を習っていたので、先生に指名され、お手本として跳び箱で技を披露するなんてこともあったのです。

そういう「根暗なやつが目立っている」のが気にいらなかったのかもしれません。

今となっては、小学生らしい理由だなあ。で済むんですけど、当時、いじめの標的になっているときは本当に辛かった。

 

休み時間に机に突っ伏していたら、クラス中に響き渡るほど思い切り叩かれ、笑われたり。

先生がいない自習の時間に「なんか臭くね?」みたいな話から、クラス中から笑いものにされたり。

 

こういうことされても、コミュ障だから、対抗手段を持ち合わせてないのです。一番つらかったのは、体育のバスケの時間。体操やってても運動ができるわけじゃなく球技は大の苦手でした。

で、シュートでミスるわけですね。

するといじめっ子が、「てめえふざけんな、役立たずが。死ね」と、面と向かって言ってきます。

 

僕は、そのとき初めて抗議しました。「なんで自分だけ責められるんだよ」すると、

「他のやつはいいんだよ。でもお前はダメだ

 

このとき、人に拒絶されるということを知りました。理由はよくわからないけど、自分はダメなんだと。そう、深く心に刻まれました。

 

そこから心を閉ざし、転落していくのにそう時間はかからず。学校に行きたくなくなり、あっという間に不登校生活に入りました。

 

現実逃避のために、ずっと家でゲーム。ネトゲですね。引きこもりです。ゲームキャラのアバターを良い感じに着飾って、いきがってました。

一度引きこもると、クラスにどういう顔で行けばいいかわからない。

 

まじで学校に行きたくない。というか、行けない。そういう自分がどんどん嫌いになっていきます。

周りの子は楽しく学校生活を送っている中、僕はゲームするだけの、ただ一人の虚しい時間が過ぎていきます。

 

ただ、幸いにも、僕には親友と呼べる友人が1人いました。彼は心配して連絡帳を家に届けてくれ、励ましてくれました。

そういった支えのおかげで、僕は非行に走ることなく、最低限の生活は保てたんだと思います。

 

その後、保健室へのリハビリ登校が数ヶ月続き、担任の先生にも電話をいただいたり、教頭先生と面会したりで散々お世話になり、小6の夏にはクラス復帰しました。

 

ただ、自信の一切を喪失し、自分という人間に嫌悪感を抱いて過ごし、小学校を卒業しました。

中学生。自己嫌悪とピアノ

 

自分に自信は持てない。
趣味もない。
自慢できる特技もない。
話してもつまらない奴。

こんな考えで、新天地で友だちができるわけはないですね(笑)。小学生ほどではないにしろ、中学に入ったも暗い存在でした。

 

うちの中学は、部活に入るのが強制でした。なので、親がやっていたからという理由でソフトテニス部に入りました。

 

ただ、テニスも当然下手で。「お前サーブ下手すぎ」とか、顧問の先生にも「やる気あんのか」とか言われていました。

もう、あらゆる不器用さが半端じゃない。周りは出来ているのに、自分だけできない。

 

テニスでペアを組んでいた子とは、一緒に下校することもありました。

で、一緒に帰ろうと誘ったのですが、

「今日はAくんと帰るんだけど、Aくんお前と何話せばいいかわからないらしいから、今日は一人で帰って」

と言われる始末。典型的にかなしい奴ですねえ、当時の僕は。相変わらず何もかもダメだなと、落ち込む日々。

 

そんなときですね、ピアノに興味を持ったのは。小学校の頃から引きこもってネットに没頭してたので、YouTubeとかニコニコ動画とかよくみてたんですよ。

で、ある日ピアノの演奏動画を見て、なんだこれすげえ!と感動しました。

しかも超絶技巧。人間の指って同時にこんなに動く?しかも、自分の知ってる曲が、ピアノ1台なのに、原曲っぽく聞こえる?!

 

ピアノやべえ。不思議だ。ピアノ演奏というものに、憧れを抱きました。そして、幸い、うちには古いピアノがありました。

たまたま譲り受けたものですが、誰も使ってなかったので、置物状態だったんですけど。

 

ただ、ピアノはあるにはるけど、自分には弾ける自信なんてない。今まで体操もテニスも人間関係も、何やっても不器用だったんだし。

 

どうせピアノなんて、頭が良いやつがやるもんだろ、と思いました。やってみたい気持ちを隠して、気づかないふりをしようとました。

しかし、動画を見ていたら、いつしかやりたい気持ちが勝りました。

でも、考えてみればピアノって、一人でやってれば誰かに見られるわけでもないし、批判されるわけでもない。そうい意味では、マイペースにできる。

なら、とりあえずやってみようかな。無理なら即やめよう。うん、すぐやめよう。こんな、逃げ腰半分で始めました。

 

まず、自分が当時見ていたアニメのOPを練習。でも当然、弾けない。簡単なのに。
てか楽譜も読めない。フラットとは? ト音記号とヘ音記号てなに?

五線譜を見て、「ドレミファソラシ・・・」と順番に指で数えて、鉛筆でふりがなを振っていきました。わからないところは、ググる。リズムが取れない所は、YouTubeの演奏をリピートして見まくる。

正直大変でしたけど、友だちもいないし、他にゲームしかやることがなかったので、頑張ってみました。

 

そして1ヶ月半が過ぎ。いつの間にか、1曲通しで弾けるようになっていました。
演奏を録画してみたら、間違いはあるけど、ちゃんと曲になっている。音楽になっている。これには、自分も驚きました。

こんな感じなの?ついこの間まで、両手ですら弾けなかったのに…? 初めて、何かを成し遂げたと、自分で認められました。とてつもない充実感を得ました。

そしてこの1曲の完成が、僕の大きな自分の自信になりました。そこからは張り切って、さらにレパートリーを2曲、3曲と増やしていきました。

自分の知っている、昔から好きだった曲が、次々に完成させていく。さすがにこれは、楽しいと言わざるをえない。

今までやってきた体操、休み時間のサッカー、部活のテニスは周りに急かされたけど、ピアノは自分のペースでできる。

今まで感じたことがない満足感がある。初めて、自分が自分でよかったと感じることができました。

 

その後は着々と積み上げていき、毎日、部活が終わったら、時間の許す限り練習しました。
そういった積み重ねは、良い影響としてピアノ以外のところにも波及していきました。

 

中学3年生では、生徒会に立候補しました。コミュ障で根暗でいじめられて、不登校だった人間がです。

生徒や先生含め、800人くらいの前で、立候補の演説したわけです。もちろんドチャクソ緊張して吐きそうでしたが。

ピアノと同じように演説の原稿をなんども反復練習したおかげで、乗り切れました。

 

今考えたら劇的な変化に思えるのですが、毎日ピアノを練習して積み上げ、そして曲が弾けたという小さな成功体験が、「自分はやればできる」という自信に繋がったのだと思います。

その後、高校では卒業式で伴奏を任されたり、文化祭では30分間のソロライブを任されたり、NHKコンクールに出て自分の演奏が全国ラジオ放送されたり。

独学で始めたとは思えないほど、貴重な体験をさせていただきました。

 

そして、そこから10年以上。今はピアノを教えるに至ります。

今では自分の知識をフルに活かして、どんな未経験者・初心者にも教えられるようになりました。

 

以前、社会人になってからたまたま教えた子が、中学生でした。その子も僕と同じく不登校の子で。外に出るのが嫌で、大通りとか、人通りが多い場所はいけませんでした。

 

そんな彼に、毎日ピアノを教えて、両手で弾けるようにしました。そしたら、3年生の最後の方には、クラス復帰できたそうです。

「怖かったけど、やってみたらいけた」と嬉しそうに話していました。

もちろん、キッカケはピアノじゃなくてもよかったんだろうけど、「自分で何かを積み上げている」ことが活力になったのだと思います。

 

僕自身、そこからやはり教えるのがすごく楽しいです。多くの人に、ピアノを学んで、自分の自信にしてほしい。そう思うようになり、今日まで活動してきました。

 

 

以上が、僕とピアノのこれまでです。本当に、ピアノに出会うまでは何の趣味もない、つまらないやつでした。

 

いじめられて不登校になり、趣味も特技もなくて自己否定感に苛まれ、何やっても不器用でどんどん卑屈になり、楽しいことなんてないと思ってました。

 

でも、ピアノを始めてからは、自分の好きな曲がいつでも弾けて、自分に自信がもてて、いろいろな方に認めてもらえて、音楽仲間がたくさんできました。

昔、友だちもいなくて暇だった時間は、心の底から充実する時間に換わりました。

たぶん、ピアノをやっていなかったら、こうしてブログを書いている今の自分はいないでしょう。

 

ピアノは、やればやるだけできるようになる。そして、その分だけ自信にもなります。

 

いま、過去の自分のように迷っているのであれば、ピアノじゃなくてもいいので、ぜひ挑戦してほしいです。何をやるかが重要ではなく、やることそのものが重要です。

きっと人生が楽しくなるし、自分を大きく飛躍させるキッカケ担ってくれると思います。また、ピアノや音楽を始めてくれる方が一人でも多く増えればいいなと思っています。

 

それでは、僕の自己紹介は以上です。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。